遠く丹沢の山並みに紅葉が広がり、富士山の頂から裾にかけて降りたての薄い雪が光っています。その手前には一本のイチョウの木が朝の日光を浴びて黄金色に輝き、透きとおった冷たい風は一面の青空に雲を白く薄くたなびかせ、竹林の明るい緑の葉を細かく揺すっています。
あるがごとくにある12月の自然の風景の下で、私たち人間の世界はまだまだコロナウィルスに苦しんでいます。
一年近く続いている、安心安全が脅かされ先が見通せない日常、感染してもさせてもいけないという緊張、気分転換もなかなかできずに溜まっていくストレス、これらが自覚的にも無自覚的にも、ボディブローのようにじわじわとダメージを蓄積させてきています。
このような困難な状況の中で、それでも頑張っている人たちに対して、私ができることは一体何だろう?と考えます。
鍼灸と免疫の関係についてお話ししますと、鍼や灸の刺激は自律神経系を介して免疫系にも作用し、リンパ球であるNK細胞(ナチュラルキラー細胞)やT細胞の数を増加させるという研究報告があります。「鍼灸は免疫力を高める」と言われる科学的なゆえんです。
しかし、だからといって鍼灸を受ければ感染しないとか、感染しても重症化を防げるとか、そういうことではなく、個人レベルの感染症対策としてはこれまでも、そしてこれからも、「手洗い、消毒、マスク、換気、3密を避ける」が何よりも大事であることは言うまでもありません。
鍼灸は、外敵を攻撃するものではなく、身体に備わっている機能をより発揮できるよう内的環境を整えることに優れた療法ですので、コロナに対しては、「規則正しい生活、睡眠、栄養」と同じ枠組みで、養生の一つとして受けていただくのが良いと思います。
私自身は、「心身の安全基地」としての役割を大事にしたいと思っています。
それは、私の治療室が感染症対策をしているとか、3密ではないとか、そういった意味での安全だけではありません。(もちろんこれも大事なことではあります)
人はみな自分の内面に、他の誰にも、何にも邪魔されない「自分だけの静寂の時間、静寂の場所」を持っています。それは冒頭で見た自然の風景と同じように、あるがごとくにある、「存在」という名の静寂です。
荒波(コロナ禍)にもまれていると、その渦中の世界がすべてだと思ってしまいがちです。
しかし、そんな状況においても心の奥底に静寂は必ずあって、いつでもそこに立ち戻ることができます。そのことに気づきさえすればよいのです。そこにはいつも穏やかさと安らぎがあります。
この苦しい時期に、鍼灸を通して、張り詰めて緊張した心と身体を緩めながら、ほんのひととき静寂の世界を感じ取っていただけるような、そんな安心感に包まれた空間を作りたいと思っています。