私たち哺乳類には、太古の脊椎動物から進化の過程で発達を遂げた背側迷走神経、交感神経、腹側迷走神経という3つの自律神経が備わっていることを、前回までみてきました。
では、人間が困難に直面した時、これらの自律神経はどのように働くのでしょうか。
ポリヴェーガル理論では、進化の順番とは逆向きに、新しい神経回路から順にヒエラルキーに沿って対応していくと考えます。
人間は本来、最も新しい腹側迷走神経を活性化させ、安全な環境を作り上げて生きようとします。腹側迷走神経が活性化しているとき、交感神経と背側迷走神経の働きは最適な状態に保たれ、安全の中で活動と休息を促し、「健康」「成長」「回復」の機能を支持します。
困難な出来事に直面した時も、まず腹側迷走神経が発動し、社会交流システムの中でお互いがつながろうとします。言葉や表情を用いてコミュニケーションを取り、互いの立場を思いやりながら助け合ったり励まし合ったりして困難な状況を乗り越え、安全を確保しようとします。
このような対応によっても問題が解決せず、より危険な状況が迫った時、腹側迷走神経の働きは抑制され、防衛反応としての交感神経が活性化します。
思いやりや共感、つながりといったシステムが崩れ始め、「闘争/逃走」反応が発動することによって、危険な状態から身を守り、安全を確保しようとします。周囲を警戒するため感覚が過敏になり、また本来敵を追いかけたり敵から逃げ回ったりという「可動化」のための神経なので、心臓の拍動は強く速くなり、血圧は上昇し、呼吸は浅く速くなり、多くのエネルギーを消費します。
人間の社会では、実際にダッシュして追いかけたり逃げ回ったりするような危険は日常的には多くはなく(最近はそうも言えないニュースが増えてきましたが)、むしろ、職場などにおける様々なハラスメントといった、人間関係に起因した危険が多いと言えるかもしれません。
そのような危険の場合、身体は本能として「可動化」のための反応を起こすのに、実際は身体を動かさずそこに留まるという矛盾した状態が生まれることがあります。そしてその状態が、わりと長時間にわたって続くこともあります。すると身体的、精神的緊張が高まったまま維持され(「高止まり」「過覚醒」と言ったりもします)、多くのエネルギーを消耗します。
直面する危険があまりに強大なものであったり、あるいは危険な状況があまりにも突然に迫ってきたりして、交感神経による「闘争/逃走」反応では身を守ることができないとき、周囲とのつながりは更に絶たれ、最も古い自律神経である背側迷走神経が活性化して、「シャットダウン」「凍りつき」の反応が起こります。「不動化」(動かない、動けない)によって、エネルギー消費を必要最小限にすることで身を守ろうとします(「低止まり」「低覚醒」)。
そのため、表情に乏しく、感覚の鈍麻、意欲の低下、だるさ、身体に力が入らない、などといった状態になり、ひどい時には失神したり失禁したりすることもあります。強制的にシャットダウンしてまでも身を守ろうとする太古の動物の反応が、私たち人間にも備わっています。
実際に失神するケースは日常的に多くはないかもしれませんが、職場や学校など社会に大きな危険を感じた場合に、その社会から身を守るためにシャットダウン反応を起こすケースは多いと言えるかもしれません。
交感神経が頻繁に活性化した状態(高止まり、過覚醒)も、背側迷走神経が頻繁に活性化した状態(低止まり、低覚醒)も、どちらも危険から身を守り、生き延びるための防衛反応です。高止まりが続く人もいれば、低止まりが続く人もいます。また、高止まりと低止まりが入り混じって乱高下する人もいます。
いずれにしても、危険を感じているときは安全な環境下にいないため、「健康」「成長」「回復」を促進することができません。
次回は、これらの自律神経の切り替えがどのように行われるのかについて解説していきたいと思います。
(つづく)
参考文献
・ポリヴェーガル理論入門(ステファン・W・ポージェス著/春秋社)
・セラピーのためのポリヴェーガル理論(デブ・デイナ著/春秋社)
・その生きづらさ、発達性トラウマ?(花丘ちぐさ著/春秋社)
湘南さがみはりきゅうマッサージ
【自律神経とメンタルヘルスの鍼灸院】
(神奈川県伊勢原市・厚木市・秦野市・平塚市他近隣地域)